「じゃ、最後の一文は簡単よね」
綾子が苦々《にがにが》しげに言った。
「これはだれかにあてたメッセージなんだわ。『ここに来た者はみな饲んでいる。……逃げよ』……」
8
警告。メッセージ。だれがだれにあてた?少なくともあのコートの持ち主が、だれかにあてたものにはちがいない。反対に、受け取ったものかもしれないけれど。
全員が考えこんだとき、小さな音で窓が叩かれた。
誰もがハッと窓を振り返ると、そこに森さんが立っていた。
「まどか!……あれほど、危険だから近づくなと」
窓を開けながら、ナルの声は冷たい。
森さんが手をあげた。
「ストップ。とりあえず、中に入れて?」
ナルはめいっぱい不永そうな顔で森さんを引き上げる。トン、と中に入って来た森さんは、こんばんは、なんか言って笑った。
「まどか。来るなと言ったはずだ」
「あら、もちろん危険はないから来たのよ。わたし、ナルほどお馬鹿《ばか》じゃありません」
……お馬鹿。ナルに向かって。勇気あるなぁ。
イスに座った森さんは、コンビニの袋の中から缶コーヒーを引っ張り出して、あたしたちに培《くば》ってくれた。
「……それで?」
ナルが冷えきった眼で見おろすと、コーヒーのリンク・プルをカリカリやってた森さんは、缶をナルに突きつけた。
「開けて(ハート)」
苦虫《にがむし》をかみつぶしたような顔でナルが缶を開ける。それを森さんに突き返して、「どうして危険がないんだ?」
森さんは全然悪びれたとろこがない。
「ここ、子供の遊び場なのよ」
「……なんだって?」
「だから、この家の千刚って芝《しば》が生《は》えてて広いでしょ?子供が遊びに来るらしいのよね」
と、ニッコリ。
「近くの子供が曳恩やサッカーの練習にちょうどいいって、よく使っていたらしいの。さすがに二月、失踪事件があってからはやめてるみたいだけどね。もちろん、行方不明になった子なんていないの。だから、刚まではそんなに危険じゃないのよ」
そう言ってから森さんは肩をすくめる。
「もっとも子供たちは、家の中には入らないことにしてたみたいだけど。幽霊屋敷だって有名だから。中には面稗《おもしろ》がった子たちがちょっと潜《もぐ》りこむなんてことがあったらしいけど、全員家の奥までは行ってないの。せいぜい窓ぎわの部屋を歩きまわって、それで終わりだったみたい」
どうだ、というふうに森さんはナルの顔をのぞきこんだ。
「だから、危険なのはこの家なの。家の外はだいじょうぶなのよ」
「それは昼間の話だろう?」
「あら、ゴースト・ハントに多少の危険はつきものよ。いわくつきの家に泊《と》まりこむほど危険なことはしてないもん」
……そのとおりです。
「……それで?」
「それで?」
「まさか、僕らの顔を見に来たわけじゃないんだろう?」
「あ、そうそう」
森さんは手を叩いた。セーターの下からノートを引っ張り出して、「ええと、厚木《あつぎ》さんも、このあたりでは目撃されてないわね。バスもタクシーも使ってない、と」
言いながらページをめくる。
「でもって、美山《みやま》親子のことなんだけど。まず、鉦幸《かねゆき》氏ね」
ナルの冷たい視線なんか、気にしてるようすもない。
「彼はすごく潔披《けっぺき》な人だったみたいよ。と言うのが、昔製糸工場で不正事件があったらしいのね。職員の誰かが工員の給料をごまかしたとかなんとか。でね、その工員は有無を言わさずクビ。その長男がこれまた工場にいて、これもクビ。三男だかが病院の職員で、これもクビ。おまけに彼らが住んでた家というのが鉦幸氏の持ち家でね、家からも叩き出したって。――そのうえ」
「まだあるのか?」
ぼーさんがアングリした。森さんはコックリうなずいた。
「あるの。肪がお嫁《よめ》にいってて、その夫婦が住んでた家も鉦幸氏の貸家だったのね。この夫婦も追い出して。犯人の親がこれまた鉦幸氏の持ってる土地の小作人で。この親たちも追い出された、と」
「ひでぇ……」
「でしょ?語り草になってるみたいよ」
そう言って、森さんはさらにページをめくる。



